J.S. バッハ「インヴェンション第1番」解説と当時の演奏法
ギターアレンジと装飾音を中心にInvention 1
装飾音:当時のモルデント
一方モルデントは、フランス人のダングルベール、クープラン、ラモーはパンセと述べていますが、主音から始まり下方隣接音に1回から複数回下行した後に主音へ戻る装飾音と言えます。(※40)

クヴァンツは前打音に続くモルデントについて、カール・フィリップ・エマヌエルはモルデントには長いものと短いものがあるとして次の譜例のように説明しています。(※41)

また、カール・フィリップ・エマヌエルは「モルデントは、順次と跳躍進行の別を問わず、とにかく上昇する音符を好む。跳躍して下降する音符のときにはあまりあらわれず、下降2度のときにはまったく現れない。モルデントは曲の初っ端、真ん中、および最後に用いられる。」(※42)と説明しています。
モルデントについては、下方隣接音に1回から複数回下行した後に主音へ戻る装飾音ということで共通化が見られます。しかし、トリルについては開始される音が主音なのかそれ以外なのか、プラルトリラーとなるのかトリルなのかを記号からだけで判別することはできません。これについては対位法も鑑み判断していきます。また、バドゥーラ=スコダは、17世紀にモルデントはその補助音が主音の上方隣接音でも下方隣接音でもどちらでもよく、イタリアとスペインでは「上行モルデント mordente superiore」と「下行モルデント mordente inferiore」という用語で残っていると述べています。(※43)
余談ですが、イタリア人マッテオ・カルカッシの「ギター教則本Op.59」やそれを基に日本で出版されている溝渕浩五郎編著「カルカッシギター教則本」、また、小原安正監修「教室用 新ギター教本」などで、モルデントの補助音を主音の上方隣接音で解説しているのはこのためかと思われます。(※44)
※40、D'Anglebert, Jean-Henri. Pièces de Clavecin. Paris, 1689.
Couperin, François. Pièces de Clavecin Premier Livre. Paris, 1713, p.74-75.
Rameau, Jean-Philippe. Pièces de Clavessin avec une Méthode pour la Méchanique des Doigts. Paris, 1724.
※41、ヨハン・ヨアヒム・クヴァンツ.『フルート奏法』.荒川恒子訳.全音楽譜出版社,1976,p.84.
カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ.『正しいクラヴィーア奏法 第1部』.東川清一訳.全音楽譜出版社,2000,p.144.
※42、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ.『正しいクラヴィーア奏法 第1部』.東川清一訳.全音楽譜出版社,2000,p.145.
※43、パウル・バドゥーラ=スコダ.『バッハ 演奏法と解釈―ピアニストのためのバッハ』.今井顕監訳.全音楽譜出版社,2008,p.326.
森田学.『音楽用語のイタリア語』.改訂新版.三修社,2011,p.115.
※44、Carcassi, Matteo. Méthode complète pour la Guitare Op.59. Mainz, B. Schott's Söhne, 1836, p.45.
溝渕浩五郎編著.『カルカッシギター教則本』.改訂新版.全音楽譜出版社,1999,p.66.
原善伸監修,上谷直子訳.「カルカッシ完全ギター教則本Op.59」.『現代ギター』.2019年3月臨時増刊号,No.666,p.61.
小原安正監修.『教室用 新ギター教本』.ギタルラ社,1977,p.49.